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子どもはなく、退職後は夫婦二人で静かに過ごしていた富子さんに、厳しい試練がやってきます。2001年秋に突然夫が倒れ、73歳で帰らぬ人となってしまったのです。「私が緑内障の手術で1週間の予定で入院した留守中でした。夫が心筋こうそくで倒れて病院に運ばれたって。私は入院を3日で切り上げて駆けつけたんですが……あっという間で」。ぼう然とする富子さん。それでも親戚や友人に助けられ、なんとか葬儀を済ませました。
あれから3年。今住んでいるマンションは、夫の晩年を一緒に過ごした住まいです。「あまり外に出かける人でもなかったけど、ときどきは浅草に出かけたり近所を散歩したり。二人でのんびり過ごした思い出もたくさんありますよ」。住まいから歩いて約20分の巣鴨地蔵尊が、富子さんお気に入りの散歩コース。かつて夫と歩いた道を、ひとりでのんびり歩くことにも少しずつ慣れてきました。
緑内障を克服した富子さんは手芸が大好き。日暮里の問屋街で安く手に入れた布地で、パッチワークを楽しんだり、袋物を作ったり。編物も得意で、昨年生まれた姪の栄子さんのお孫さんには、ベビーウエアを編んで贈ったそう。「今いちばんの楽しみはその子の成長だわねぇ」と、赤ちゃんの写真に目を細め、満面の笑顔でうれしそうに話してくれました。
センスのよい趣味を楽しみ、適度な距離感で周りの人たちと支え合う。富子さんの生き方に、自立した女性の理想像を見た気がしました。
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| 「私が小さな頃はお米の少ない時代でね。“くず米”と呼ばれる米の粉を使って、母がよくお餅やおだんごを作ってくれました。一番のごちそうがおはぎ。祝い事や人の集まる日には、必ずおはぎを食べたものです。アンコも手作りで、1回煮立たせたあずきを一晩寝かせてアクを流し、砂糖を加えてさらに1〜2時間練りあげる。ちょうどいい練り具合にするのが本当に難しいの。最近やっと母みたいなアンコが作れるようになりました。50年がかりよね(笑)」。 |
撮影協力〈敬称略〉/小島栄子 構成/松田優子 撮影/小島 昇 取材・文/水野成美
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